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街の遺伝子(その四) 河崎世古から今社  海住恒幸

伊勢じゃーなる1面 2014年     取材・文 海住恒幸

街の遺伝子(その四) 河崎世古から今社

伊勢街道、初瀬街道、伊勢本街道。東から西から伊勢を目指す人々が通った参宮街道は、三重県内を縦横に走る。やがてこれらの街道が一つに合流する。その場所が筋向橋。そこを起点に小さな“ものがたり”を掘り起こそうと始めたのがこの連載です。ところが、筋向橋に行ってみると、そこを起点として、参宮街道とはVの字型に離れていくもう1本の道のことが気になりました。

その道は「河崎世古」と呼ばれているのです。

「どうして河崎なのだろう。そうした疑問から、伊勢の中のショート・トリップ(小さな旅)が始まりました。

河崎は、伊勢の人なら皆ご存じの伊勢の台所。江戸時代、参宮客でにぎわう伊勢で必要な物資は海に通じる河崎で荷揚げされ伊勢の街に入ったということで、その河崎と行き来する商いの道が河崎世古です。端から端までわずか300メートルしかない浦之橋商店街のある一画と河崎世古は重なります。

それぞれの地域には、世代を超えて受け継がれていくべき地域の特徴(遺伝子)があります。それぞれの街ではその特徴を生かしたまちづくりをしていけば、たとえそれが失敗に終わってもその蓄積は必ずいつか甦るときがくると考えています。
わたしが、この街のことを聞き書きして気づいたのは、「水」というキーワードです。

筋向橋は、道路だけで川のない橋ですが、その下には清流・宮川の分流である清川(きよかわ)が流れ、河崎世古の商店街と並走しています。商店街にもしっかり「浦之橋」という名前が付いています。それに、この世古が向かう先は河崎です。
それにしても、気になる存在は清川です。

街中、暗渠(あんきょ)となっているので、清川の流れを見ることのできる場所はごく限られています。浦之橋商店街の歩道の下を流れているそうです。これが、京都の高瀬川のように一軒一軒の建物の脇と道路の間に流れがあったらどんなに良いだろう、その水辺空間をうまく見せるまちづくりが出来たらどんなにか良いだろうと思いながら、街を歩きました。それこそ、清川は、街のDNAです。
清川の流れを探し求め、浦之橋商店街と一本の道路をはさむ高柳商店街に出ました。アーケードのある大きな商店街で、夏の夜店は伊勢の名物です。アーケードの入り口の脇にこんもりと「今社(いまのやしろ)」という名の神社があります。赤い鳥居に「清川稲荷大明神」と書かれていました。「今社」の「今」とは、清川に面した地名「井庭(いば)」、または、流水をたくわえる「井場」に由来するということです。

「水」のDNAは、こんなところに受け継がれていました。清川は「今社」さんのこんもりとした森の脇に顔をのぞかせていました。
 (つづく)

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伊勢じゃーなる

Author:伊勢じゃーなる
「伊勢じゃーなる」は、伊勢を愛し、伊勢をいま以上に住みやすいところにしたいと願う市民が発案しました。 自分たちが知りたい情報を、自分たちの手で集め、自分たちで発信していく。 地域、コミュニティのありかたを、ひとまかせにせず、自分たちで考え創造していく。 自主的に社会生活を営むことのできる市民になるためには、判断材料となる正確な情報が必要です。 既存メディアが明らかにしようとしない事実を、ミドルメディアの力をかりて伝えていくのも、特徴のひとつです。
政治を考える一助となるよう願っています。

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